ガラスの棺 第5話


王家の墓。
かつてペンドラゴンに存在していた王家の墓はフレイヤによって消滅した。
新たに建造された王家の墓にはただ一人、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだけが眠っている。いや、眠っていたはずだった。
警報装置を切り、携帯をじっと見つめていた黄金の瞳は、愚かな事をと目を細めた。
静かに眠らせていればいいものを、何故暴こうとするのか。
既に魂のない亡骸を手に入れて何とする。
辱めるためか、祀るためか。
瞬く間に世界征服を成し遂げたルルーシュは、一部の人間にとっては神のごとき存在となっていた。表には出ていないが、新興宗教としての形も出来上がっていて、彼らなら神であるルルーシュの遺体を狙ってもおかしくはなかった。
だが、鳴ったのがルルーシュの棺が置かれた台座に仕掛けていた警報だけな時点で、相当力のある組織が動いたと考えていだろう。
王家の墓に難なく入る込める技術あるいは内部協力者がいる組織。
さて、あの狂信者たちはそこまで大きい組織だっただろうか?と考えながら手にしていた携帯をポケットにねじり込んだ。

相手が誰であれ、どんな目的であれ、出た結果は一つ。
ルルーシュの墓が暴かれた。
それだけだ。

人間とはつくづく愚かな存在だと、黄金の瞳の魔女は足を止め空を見上げた。
あの日、ルルーシュが亡くなった人同じく、眩しいほどの晴天が広がっていた。
独裁者から解放された事を喜び、目の前に広がる無限の可能性を、平和な未来を全身で感じ取り、ルルーシュを悪の見本として戦争のない理想郷を作り出す。
それが夢物語だという事は誰もが知っていた。
いや、あの愚かな騎士は気づいていなかったが、それ以外の者は知っていた。
無駄な事だと、誰もが気付いていた。
あの王でさえ、最初から気づいていた。
恒久の平和など夢物語。
そんなもの、作り出せるわけがない。
だが、ルルーシュの知略をもってすれば、ほんの短い間ではあるが生み出せる。
戦争のない平和な世界。
強者が弱者に手を差し伸べる優しい世界。
理想郷を。

その理想郷に近づけるための道しるべは残されていたため、最初の頃はルルーシュが望んだとおり武力による戦争ではなく、同じテーブルについて話し合いを。
そんな世界が実現していた。
戦争に使われていた力を、資金を、時間を、人々は別の目的に使い始め、それを多くの者が喜んだ。このまま平和な世界になればと誰もが望んだ。

だが、たった5年でその理想郷は崩壊した。
話し合い、相手を尊重する場は既に無く、相手を罵倒する場へと姿を変えた。
予定よりも早かったが、これも予想通りだった。
ルルーシュが示すものはあくまでも可能性。
世界平和が恒久のものとなるかどうかは、残された者たちの手腕で決まる。
予想では、カグヤとナナリーそして天子が力を持っている間は、その理想郷は維持できるのではないか、彼らは必ずルルーシュの真意に気づくから、その努力はする筈だ。
そう思っていたが、その考えは甘すぎた。
カグヤとナナリーは愚かな扇に引きずられるように、理想郷を破壊した。
今思えば当然の結果だ。

扇たちの話にまんまと乗せられて、ルルーシュを悪逆皇帝と罵った娘。
シュナイゼルにたぶらかされ、ルルーシュと敵対した娘。

どちらも周りの感情に流されやすく、本人曰く確固たる信念と目標とやらがあるらしいが、些細なことであっさりとそれを覆す性格だ。
虚構を虚構と見抜けず、甘言にあっさり惑わされる。
自分を持ち上げる人間を、とても良い人で嘘はつかないとでも言いそうだ。
天子のように、幼いころから周りの人間に傀儡として扱われ、その地位とこれからの人生をも道具扱いされるような、辛く苦しい思いをしていたわけではない。ただ一人信じられる人物、星刻との叶わないだろう約束だけを希望とし、辛い日々を耐えた天子と二人はあまりにも違いすぎた。

二人とも世間知らずの箱入り娘。
蝶よ花よと大事に大事に育てられた。
大事にされ過ぎた。
ナナリーにはルルーシュが。
カグヤには六家が。
愛する妹に辛い思いをさせないために。
日本の象徴となる娘を守るために。
真綿でくるむように甘やかしていた。
二人ともまさにお飾りのお姫様。
ユーフェミアもぬるま湯で育てられたお飾りだが、自分の意思で世界を見、自分の身を投げ打ってまで人を救おうとする優しい娘だった。あの娘はルルーシュの様な環境下で育てば間違いなく化けただろうが、この二人はおそらく無理だろう。
本質が違いすぎる。
優しい人になりたい、平和な世界がいい、正義となりたい。
あの二人はそう考え、口にするだけのただの偽善者。
周りからそう言われたい、優しい人だと思われたいだけにすぎない。
あの二人の優しさなど、その程度の物だ。

ユーフェミアはそんなこと考えず、なりたい、やりたいではなく、やる人間だった。
自分が優しいからやるのではなく、自分が望むようにやった結果、周りから優しい人だと言われるタイプだ。

純粋すぎる善意と揺るがない信念。
それがユーフェミア。

だからこそ、ユーフェミアはルルーシュがテロリストだと知っても、ルルーシュを信じた。ルルーシュが悪意でテロを起こしていないと、その本質は何も変わっていないと、銃を突きつけられても信じ切った。自分の知るルルーシュはそんな事はしないと、自分の中のルルーシュを信じ切ってみせた。
幼いころ交流があったとはいえ、それは9歳の頃の話。
それも同腹の兄妹のようにずっと共にいたわけではない。
だが、ユーフェミアはその当時のルルーシュをよく覚えており、7年後に敵として再会を果たしても、銃を向けられても、ルルーシュを信じ切る強さがあった。
あの強さは、愚かなお飾り二人には逆立ちしても手に入らないものだ。
その強さを持つユーフェミアだからこそ、ルルーシュは勝てなかった。
ナナリーのように、愛する妹だから勝てないのではない。
彼女の純粋な優しさと誠意、そして善意にルルーシュは勝てないのだ。

だからこそ、そう、今だからこそ言える。
ユーフェミアがもし生きて、超合衆国の会議に参加していれば。
ルルーシュの命を使い生み出した世界を、たった5年で終わらせなかっただろう。
その命を賭して全力で、ルルーシュの意思を継いだに違いない。
周りに何を言われようと、何を吹きこまれようと、惑わされることなく自分の信じる道を突き進んだに違いない。
そんなあり得ないifの世界に、C.C.は苦笑した。

「・・・全く、下らない事を考えてしまったな」

止めていた足を動かし、C.C.は歩き出した。
死者の事を考えても仕方がない。
ifの世界など考えるだけ無駄だ。
コ死者と話をする事は可能だが、既に失われた者と会話をする趣味は無い。何せ死者との会話は、彼らの生前の記憶にアクセスすることで彼らの過去の姿を再構築し、彼らならするだろう反応が返されるだけのもの。
バックアップされたデータから、擬似人格を作り出し話をするような物だ。
生きているものとの会話に近いが、絶望的な差がある。
死者である彼らに成長は無く、死んだ後に得た情報・・・C.C.との死後の会話で得た情報などはバックアップされない。一度会話が途切れれば、それらの情報は保存されることなく消え去る。死んだ当時の記憶だけの存在。最初はそれでも満足できるのだが、だんだんと違和感にさいなまれ、最終的に残るのは虚無感と絶望だ。
何度も経験したそれを、ルルーシュで再び経験するつもりはない。

ああ、もし生きていればというifを思い描くならば、ゼロレクイエムの後ルルーシュが生きていればと考えるべきか。
ルルーシュが生きていれば。
あの傷で死ぬことなく、生き延びていれば。

「お前は、ナナリーとカグヤに絶望したかもしれないな。・・・いや、お前が命を賭して作り出した、戦争のない明日という日があっさりと壊れた事を嘆いたかもしれないな」

スザクを軽く扱われ、ナナリーは争っているのだから。
あの二人は、お世辞にも幸せだとはいえない。
だから死んでいてよかったな?
予想よりも遥かに速いとはいえ、平和の崩壊は予定調和。
明日という日を、戦争のない平和な時を作り出すには、お前のような者が生きて統治するしかなかったんだよ。
平和の礎を、盤石な基礎を固めるにはお前が必要だった。
それに気づいていながら、スザクの仇討ちを優先させた愚か者め。
世界の未来より、スザクの未来を優先させた愚か者め。

ルルーシュが生きていれば。
ユーフェミアが生きていれば。
この世界は明日という未来を、夢を紡げただろうに。

まあ、私にはどうでもいい事だ。
国の衰退と繁栄などに興味はない。
だが、ブリタニアへ向かわなければ。
死者と会話をする趣味は無いが、親しい者の遺体が何者かに奪われ、弄ばれるのを黙って見ている趣味もない。
新緑の髪をなびかせて、永遠を生きる魔女は喧騒の中へと姿を消した。

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